#135 2021年1月 一年 365日 の始まりに |
2021年の幕開けはコロナの影響も著しく、不安な気持ちのままに年明けを迎えてしまいました。 台風や季節の災害なら過ぎるのを待つという我慢も出来ますが、パンデミックとなったこの災禍は終わりの見えないトンネルにいるようで、ストレスが心身に及ぼすことを大変心配に思っています。 一年 365日 の始まりに「一年の計は元旦にあり」といいますが、みなさんは今年はどんなことを目標(計画)にされているのでしょう? この言葉(ことわざ)は、古くは中国の明の時代の学者、憑慶京(ぴんきんじん)の書物が起源とされますが、日本では毛利元就も「一年の計は春にあり、一月の計は朔にあり、一日の計は鶏鳴にあり」と語っています。
さて、俗に言っている「一年」は何日でしょうか?
と問えば、365日、またはたまにある閏年は366日というのが答えです。 これは地球が太陽の周りを一回りする日数で、特に中ほどの緯度に位置する日本では、その一年の長さを四季の移り変わりで実感します。 しかし、「年」を細かく見て行けば、それは「日」で割ることができ、日は「時間(時分)」で割ることができ、その一番小さな単位は「秒」になります。 それでは一年を秒で表せば「31,536,000秒」なのかというと、そうではありません。 (60秒×60分×24時間×365日=31,536,000秒です)
それは、1秒という長さの基準となったものは、地球が自転する周期(自転周期)を一日の長さとしたもので、その86,400分の1(1日÷24時間÷60分÷60=1秒)を1秒の基準としていました。 ただ地球の自転には少しの誤差があるため、のちに「セシウム」という原子が発する特定の周波数を基準として、1秒は決められています。 (この説明はかなり細かくなるので「そういうもの」と思ってください。) ただ、どちらにしも地球の「自転周期」から割り出したものが基準であり、太陽のまわりを一周する長さの「公転周期」を基準にして導き出したものではありません。 しかし、もっともっと厳密に言えば、一年という長さは365日+αであって、4年間で1461日(365日×4+1日)というわけでもありません。
この「+α」の答えを先に言ってしまえば、地球の一年は 365日と5時間49分12秒「俺が嘘つきかどうかってなぁ、そいつはお天道様がご存じでぇ!」 「本当は365日と5時間49分12秒でアンタ(地球)はアタシ(太陽)の周りをまわっているんだよ」 とお天道様(太陽)は思っていることでしょう。
そもそも一年の基準とは春分点(春分となる時点)というある一点に太陽が差し掛かる瞬間を基準にして、そこから次の春分点までを一年としています。 しかしこの端数の「5時間49分12秒」があるために、毎年正確にこの春分点をタイミングよく通過できているわけではありません。 そこでおおむね「6時間」×4年ごと、ということで閏年をはさむようにしています。そのため、次の閏年のルールがあります。
「4で割れる年(西暦)は閏年とする」
しかし、今度はそうなると、4年間で「43分12秒」進みすぎてしまいます。
チリも積もれば山となるわけで、これが100年(25回の閏年)分たまると約18時間になるので、次のような閏年のルールがあります。
「100で割れる年(西暦)は閏年を設けない」
ということで、100年間で閏年は24回になります。
しかし、誤差はどこまでいっても付きもので、それでも差分が残るためにもう一つのルールがあります。
「400で割れる年(西暦)は閏年とする」
つまり、21年前の西暦2000年はちょうどその年に当たったため、あまり意識していませんでしたが、400年に一回の閏年がある「100で割れる年」だったわけです。 このルールがあるので、正確にその瞬間に太陽が春分点を通過することはほぼないかわりに、逆に大きく春分点からずれていくことを、人間の知恵で防いでいるとも言えます。 二十四節気に関わるんだな…このような調整が入るために、基準となる「春分の日(太陽が春分点を通過する日)」は前後にずれることがあります。 今年の春分の日(春の彼岸)は、3月20日になり、節分も2月2日なります。 春分は二十四節気の一つで、二十四節気は私たちの暮らしの中でも意識されることの多い習慣です。 今年の春の彼岸は一日ずれているので、お墓参り(…コロナ流行の先行きが見えてくれば…)に行く日取りもご注意ください。
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